政治家の人気取りや金集めより大切なものがあります。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、例によって無精髭の男が、マスターに話しかける。
 「お水、おかわりちょうだい」
マスター 「ピッチャー、ここに置いておきます。ご自由にお飲みください」
 「悪いね。気をつかってもらっちゃって」
マスター 「というか、コーヒー一杯であとは水のおかわり専門のお客さまに、あまり気をつかいたくないので・・」
 「え、何か言った?」
マスター 「いえ、何も」
 「そうそう、例の企画さ、ようやくマスコットが完成したんだよ。見てもらえる?」
マスター 「ああ、たしか2020年東京オリンピック・パラリンピックの・・」
 「違う違う、オリンピックなんかのマスコットじゃないよ。2020年夏に酷暑の東京および日本国内各地で集中開催される国際競技会に参加するアスリート及び関係者の方々の健康を慮って陰ながら応援するキャンペーンのマスコット、ですよ」
マスター 「それは同じ意味ではないのですか?」
 「ぜんぜん違うって。オリンピックのマスコットは、オリンピックという競技会そのもの象徴だよね? こっちは、呼吸をすることさえ困難な熱帯雨林気候さながらの真夏の東京とその周辺で競技を強いられるアスリート及び関係者を陰ながら勝手に応援しようという自主的キャンペーンのマスコットだから。たまたま時期が重なるだけで、もう、まるっきり別もん」
マスター 「別ものはわかりましたが、キャンペーンの名称が長すぎませんか?」 
 「短い名称もありますよ。『Let’s Cool Tokyo 2020』、略して『LCT2020』。 どう?」
マスター 「東京を涼しくしよう、ですか。たしかに酷暑と闘うアスリートを応援しようという心意気は伝わってきそうですね」
 「マスコットも涼を運んでくれるようなキャラクターにしてみたんだよ。ひとつは、これ」(イラスト①参照)
マスター 「なるほど、木陰で涼しく、というわけですね」
 「そういうこと。名前はイタリア語で木という意味のアールベロ(ALBERO)。で、もうひとつが、これ」(イラスト②参照)
マスター 「あ、こちらは噴水ですか。たしかに、これも見た目が涼しそうですね」
 「でしょ? こっちの名前は同じくイタリア語で噴水を意味するフォンターナ(FONTANA)。どう?」
マスター 「涼を提供する木陰と噴水の組み合わせで、酷暑のなかでの競技を余儀なくされるアスリートや関係者の方々の健康を慮るという趣旨は伝わってきますね」
 「だよね? 今回こそは、いや、今回の企画も大当たり間違いなし、だ! お金が入ったらコピ・ルアクをマグカップでおかわりするから期待していいよ」
マスター 「ジャコウネコの糞からとれる幻のコーヒー豆ですね・・残念ながら当店では扱っておりませんが。コピ・ルアクはともかく、具体的に、どのようなキャンペーン展開を想定しているのでしょうか」
 「キャンペーンの趣旨に賛同してくれる個人や企業に、マスコットやロゴの使用権を認めようと思っているんだけどね」
マスター 「因みに、マスコットやロゴの著作権は誰にあるのですか」
 「俺」
マスター 「とすると、マスコットやロゴを描いたのも・・」
 「俺」
マスター 「外見に似合わず、けっこう器用なんですね」
 「まあね。外見云々は余計だけどね」
マスター 「常識的に考えれば、水上で行われる競技等の一部競技を除けば、屋外での競技は早朝か夜間に行われるのでしょう。それでも梅雨明け時期の東京は、たまたま異常気象で冷夏にでもならない限りは殺人的に暑いはずですから、ある意味アスリートの皆さんの戦うべき真の相手は東京の暑さと湿度なのかもしれませんね。マイルス・デイヴィス名義の『Birth of the Cool』をおかけしましょう。本作はタイトルのとおり、いわゆるクールジャズの嚆矢となった歴史的作品と評価されています。もっとも、米国西海岸を中心にクールジャズが活況を呈しているのに着目したレコード会社が、マイルスの過去の音源を集めて一番乗り的なタイトルをつけた企画モノのアルバムという側面もありそうですが。今回のクールな企画モノも、成功するよう陰なが応援させていただきます。お水も、どんどんおかわりしてくださいね、手酌で」

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家族や恋人も二人を取り違えたと思いますね、たぶん。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、例によってカジュアルな服装の中年男が、マスターに話しかける。
 「最近、何か、面白い話ない?」
マスター 「面白い話ですか? そういえば、『月刊みんぱく』という雑誌を見つけたんですけど」
 「みんぱく? そりゃ、あるかもね。昨今、注目されているから」
マスター 「え、そうだったんですか? 注目されているとは知りませんでした」
 「知らないってことないでしょ。増え続ける訪日外国人の宿泊の受け皿として、国も何かと後押ししているじゃない」
マスター 「初耳です」
 「ずいぶん前から話題になっているけどね。あんまりニュースは見ないの?」
マスター 「テレビのニュースは見ませんが、新聞は休刊日以外毎日目を通しているんですけどね」
 「だったら何かしら目にとまると思うけどね、みんぱくの記事」
マスター 「不思議ですね」
 「不思議だね」
マスター 「『みんぱく』ですよね」
 「『みんぱく』だよ」
マスター 「それにしても、宿泊できるなんて意外でした」
 「意外ってことないでしょ。名前からして泊まる場所だよね」
マスター 「『みんぱく』なのに、ですか?」
 「『みんぱく』だから、ですよ」)
マスター 「『みんぱく』を漢字で書くと、こう、ですよね(右側①参照)
 「え、違うでしょ。こうだよ(左側②参照)」
マスター 「それは『民泊』ですよね」
 「『民泊』だよ」
マスター 「私の見つけたのは、『民泊』ではなく『民博』の月刊誌です」
 「『民博』? 誤字じゃなくて? 何、それ?」
マスター 「大阪府吹田市にある『国立民族学博物館』の略称だそうです(http://www.minpaku.ac.jp/aboutus)」
 「知らないよ、そんなの」
マスター 「私も『月刊みんぱく』を手にするまで民博の存在を知らなかったのですが、今年で開館40周年になるとか。けっこう歴史があるみたいですよ」
 「そこで出しているのが『月刊みんぱく』というわけか。まぎらわしいなぁ。せめて漢字にすればいいのに」
マスター 「1977年の創刊らしいので、こちらの『みんぱく』のほうが本家というか大先輩とも 考えられますよね」
 「本家って、ぜんぜん関係ないじゃん。たんなる他人のそら似だよ」
マスター 「他人のそら似といえば、ロック界には風貌や声質がよく似たミュージシャンが大勢いますね。前後してジェネシスに在籍したピーター・ガブリエルとフィル・コリンズは、声質がよく似ているので何かと比較されました。前後の在籍なら引継ぎと解釈できますが、同じバンドに同時期に瓜二つのミュージシャンが在籍した例として有名なのが、コージー・パウエル在籍時のジェフ・ベック・グループ。今かけている『Rough And Ready』のジャケットを、ちょっと見ていただけますか」
 「あれ、一人だけ、向きを変えて2カット使用しているね」
マスター 「そのようにしか見えませんね。私もいまだに、どちらがベックでどちらがコージーなのか、よくわかりません。他のメンバーも、さぞかし混乱したでしょうね」(文中敬称略)

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これはもう明らかにカフェイン依存症ですよね、娘さん。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、見覚えのあるさえない中年の男が、カウンター内のマスターに話しかける。
 「値上げしたんだね、コーヒー」
マスター 「え、そうですか? けっこう前からこの価格のはずですが」
 「2年以上ご無沙汰していたからね、この店も」
マスター 「なるほど。たしか1年半ほど前に価格の改定をしたので、その前にいらっしゃったときの価格を覚えていたということですね」
客 「1年半前って、シンゾノミクスの円安誘導で輸入品の小売価格が軒並み上がったとき?」
マスター 「たしか、その頃だと思います。国内のコーヒー豆の小売価格がせーの、の横並びで値上げになったので、それにあわせて当店のコーヒーの価格も改定しました」
 「改定って、便利な言葉だよね」
マスター 「適正化ともいいますね」
 「でもさ、円安誘導も最近は海外から叩かれているみたいだし、また円高になればコーヒー豆の小売価格も下がるのかな」
マスター 「さあ、どうでしょうか。コーヒーのような嗜好品は価格の下落に対する見えないストッパーが働いていそうな気もしますね」
 「シンゾノミクスでも値上げを奨励しているみたいだし、偉い人の考えることは理解困難だよなぁ。頭痛え」
マスター 「困難ですね。今日は一杯おかわりをサービスします。頭痛にコーヒーが効くという話もありますから。J.S.バッハの『コーヒー・カンタータ』をおかけしましょう。コーヒーに夢中の若い娘と、やめさせようとする頑固親父とのコミカルなやりとりを歌った小品ですが、当時の世相も偲ばれて興味深いですね」
 「自由にコーヒーが飲めるだけでも、ありがたいと思わなくちゃ、ということですかね。これから、また、ちょくちょく顔を出しますよ」

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そろそろブラウン管テレビは骨董品として価値が出そう。

喫茶店内。ほどよい音量でクラシックが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、高級なスーツを着た恰幅のよい中年の男が、マスターに話しかける。
 「そういえば決まったね。2020年東京オリンピック」
マスター 「そのようですね」
 「おや、あまり盛りあがっていないみたいだけど」
マスター 「わかりますか?」
 「そりゃ、わかるよ。スポーツに関心がないの?」
マスター 「関心がないというわけではありませんが。ただ、テレビを観ないので、プロ野球やゴルフのことは、ほとんど知りませんどね」
 「でも、さすがにオリンピックくらいはテレビで観るだろう? 何といっても4年に1度、世界のスポーツの祭典なんだから」
マスター 「まったく観ません」
 「え、そうなの? 夏のオリンピックも冬のオリンピックも?」
マスター 「どちらも観ません」
 「こりゃ驚いた。どうしてまた?」
マスター 「特別な理由はありませんが」
 「わかった、テレビを買う金がないんだろ? あげますよ、私のプラズマを。東京オリンピック開催決定のお祝いに。50インチでちょっと小さいけど、普通の番組を観るぶんには十分だから」
マスター 「お気もちだけは、ありがたく受け取らせていただきます」
 「遠慮しなくてもいいからさ。ちょうど84インチの4Kテレビに買い換えようと思っていたところだし」
マスター 「いえ、遠慮ではなくて、家に大きなテレビを置く場所もありませんし、本当にテレビは観ないので」
 「そうだ、この店に置けばいいじゃないか。今どきテレビを置いていない喫茶店なんて珍しいよ。ガラケー持ってる弁護士なみだな」
マスター 「弁護士のことはよく知りませんが、一般的にはテレビを置いているジャズ喫茶のほうが、よほど珍しいと思います」
 「え、何か言った?」
マスター 「いえ、何も。本当にお気持ちだけで十分ですので。ありがとうございます。オリンピックの話題が出たところで、ヒューイ・ルイス&ザ・ニューズの『Sports』をおかけしましょう」
 「これはまた、ずいぶん能天気な音楽だな」
マスター 「リーダーのヒューイ・ルイスは下積み時代の長い苦労人ですが、その音楽から辛気臭さや屈託といったものが微塵も感じられないところが何よりも素晴らしいと思います。俳優としても活躍していて、ミュージカル『Chicago』に悪徳辣腕弁護士のビリー・フリン役で出演したこともあるそうです。もしも、その舞台をテレビで放映することがあれば、是非とも観てみたいですね。そのときには4Kテレビをお借りしますね」



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聖骸布に写った誰かの顔みたいですね、ジャケット写真。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、例によってさえない中年の男が、カウンター内のマスターに話しかける。
 「ここは窓を開けていても静かだね」
マスター 「そういわれれば、そうですね。表通りに面していないので、車の通行量が少ないからでしょう」
 「うらやましい。うちの事務所と交換しない?」
マスター 「交換といわれましても・・。そんなにうるさい場所にあるのですか?」
 「普段はそうでもないんだけどね。事務所の入ったビルと幹線道路の間に高い建物がないから、窓を開けているときに緊急車両や街宣車が通ると気になる程度かな」
マスター 「その程度であれば、我慢されてはいかがですか」
 「もちろん緊急車両程度なら問題ないんだよ。街宣車はともかく。ただ、こないだから選挙カーや候補者の街頭演説が、ひっきりなしでさ」
マスター 「あ、そうか。今は選挙期間中でしたね」
 「その口ぶりだと完全に忘れていたね、選挙のこと」
マスター 「すぐに思い出したので、不完全に忘れていたのだと思います」
 「妙な日本語だな。どちらにせよ、ほとんど忘れていたということだろ」
マスター 「恐縮です」
 「恐縮する必要なんて全然ないよ。俺だって選挙カーや街頭演説の音が聞こえてこなければ絶対に思い出さないもの。忘れるのが普通なんじゃないの」
マスター 「忘れて普通といわれるのも、複雑な気持ちですね」
 「俺なんてさ、自慢じゃないけど今やってるのが何の選挙なのか知らないよ」
マスター 「え、そうなんですか?」
 「だってさ、去年の暮れから2、3ヶ月おきに何かしらの選挙やってない? おまけに弁護士会の役員選挙もあるし。誰がどこの政党の公認候補でどこの派閥所属なのか、さっぱりだよ。とりあえず選挙違反に留意して皆さん頑張ってくださいね、ってなもんだ」
マスター 「投票には行かれますか」
 「その時の気分かな。投票に行く暇があって気が向けば、一番静かな選挙活動をした礼儀正しい候補に入れるよ」
マスター 「それもひとつの選択基準かもしれませんね。ただ、一番静かな選挙活動をした礼儀正しい候補は名前を憶えてもらえない可能性が高いかも」
 「投票直前に選挙公報に目を通して、まったく聞いた記憶のない名前を探せばいいんだよ」
マスター 「泡沫候補と紙一重ですね。ともあれ、静かなことはよいことです。ジョー・ザビヌルの『In a Silent Way』をおかけしましょう」
 「聴いてると、なんだか眠くなるな、これ」
マスター 「この曲が収録されている『Zawinul』はウェザーリポートを結成する直前に作成されたアルバムで、来るべきフュージョン時代の先がけとなった作品といえるかもしれません。今の耳で聴くと、ニューエイジ・ミュージックのようでもありますね。どちらにせよ、ザビヌルが当時のジャズシーンの先頭を走っていたミュージシャンの一人だったことは確かでしょう。やはり音楽でも選挙活動でも、大きな音を出して走るばかりが能ではないということでしょうか?」



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“んちゃ”がアリなら、当然“んが”もOKでしょうね。

喫茶店内。ほどよい音量で音楽が流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、若い筋肉質の男が、カウンター内のマスターに話しかける。
 「明けましておめでとうございます。遅ればせながらではありますが、今年もよろしくお願いいたします」
マスター 「こちらこそ、よろしくお願いいたします。春季キャンプは、いつからの予定ですか」
 「週明けからです。のんびりできるのも、今日明日までですね」
マスター 「イタリア語の勉強のほうは、どうですか」
 「時間をつくるのが難しくて・・言い訳ですけどね」
マスター 「イタリア語で疑問に思っているようなことがあれば、何なりと聞いてください」
 「ありがとうございます。そういえば “明けましておめでとうございます”はイタリア語で“BuonAnno”(ブオナンノ)ですよね」
マスター 「そうですね」
 「でも、たしか年末の“よいお年を”という挨拶も、同じ“BuonAnno”じゃなかったですか?」
マスター 「いいところに気がつきましたね。年末と年始を区別する他の表現もありますが、一般的にはどちらも“BuonAnno”ですね」
 「それって、ものすごくアバウトじゃないですか?」
マスター 「たしかに日本人の感覚からすると、アバウトに感じられるかもしれませんね。しかし、たとえば英語でも“HappyNewYear”という挨拶は年末年始の両方に用いられますから、外国ではさほど珍しいことではないのかもしれませんよ」
 「なるほど。でも、それなら“ciao”(チャオ)はどうですか? イタリアでは、会ったときにも別れるときにも“ciao”を使いますよね。さすがに、これは、いくらなんでもアバウトだと思いませんか?」
マスター 「うーん、そうきましたか。たしかに“ciao”の場合は、使われている状況がわからないと意味がつかめないですね」
 「ね、そうでしょう? そんな乱暴な使われかたをすることばは、日本語にも英語にもないですよね」
マスター 「英語はよくわかりませんが、日本語なら思い当たることばがないでもありません」
 「え、本当に? なんということばですか?」
マスター 「“んちゃ”」
 「んちゃ? なんですか、それ? 日本語ですか?」
マスター 「昭和に人気のあった漫画のキャラクターが使っていたことばですが、たしか、出会いと別れの両方の挨拶に使えたように記憶しています」
 「“んちゃ”・・ねぇ」
マスター 「“んちゃ”はともかく、そういうアバウトなところもイタリア語の魅力だと私は思います。ジョン・レノンの『Happy Christmas』をおかけしましょう。今ではクリスマス・ソングの定番です。歌詞に“A very merry Christmas and a happy New Year”とありますが、このhappy New YearはA very merry Christmas に続いていますから、年末の挨拶ですね。この曲は、以前は地底深くから湧き出してくるようなヨーコ・オノの声が怖かったのですが、最近では逆に、あの野太い裏声が出てくるのを心待ちにするようになりました。そうそう、“ciao”と同じように使われる日本語ですが、“御免”はどうですか?」
 「御免なさいとか切り捨て御免の“御免”ですか?」
マスター 「そうです。多少古めかしくはありますが、たしか人の家を訪問する際にも辞去する際にも用いられたはずです。加えて、謝ったり断ったり、八面六臂の大活躍。そう考えると、昔の日本語はイタリア語に似ていたのかもしれませんね。言語的に近い民族なのかも。かなり強引ですか?」



Categories: calciatore Tags:

長いのではなく、すごく細いという評価はどうですか?

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、似顔絵そのものの男が、マスターに話しかける。
 「マスターは車を運転しますか」
マスター 「免許はもっていますが自動車はもっていません。完全なペーパードライバーですね」
 「最近は、そういう人が多いですよね。私も仕事があるので、休みの日くらいしか運転はしません」
マスター 「いわゆるサンデードライバーというやつですね」
 「そうですね。私は普段バイクに乗っているので、本来であれば自動車は必要ないのですが。まとめて買い物をするときとか、あとは家族の移動とか、やはり何かのときに自動車がないと不便なんですよ」
マスター 「わかります」
 「マスターは普段の移動や買い物は、どうしているんですか」
マスター 「公共交通機関か自転車か、あとは徒歩ですね。大きな買い物は家まで届けてもらいます。運送代を払っても自動車の維持費よりは、はるかに安いですし」
 「都市部や人口密集地域に住んでいると、そういう暮らしのほうが合理的な気もしますね。まあ、私は個人的な事情もあって、しばらく自動車を手放せそうもないですが」
マスター 「交通事故には、くれぐれも気をつけてくださいね」
 「ありがとうございます。運転するときには、いつも細心の注意を払うよう心がけています。そうそう、最近、私の事務所で交通事故に関するブログをはじめたんですよ」
マスター 「へえ、そうなんですか」
 「マスターも一度、ご覧になってください。自動車を運転しない人でも、いつ交通事故の被害者になるかわからないですからね」
マスター 「そのとおりですね。是非とも拝見させていただきます。自動車の話題が出たところで、ザ・カーズの『Drive』をおかけしましょう。アルバム『Heartbeat City』からのシングルカットで、アルバムともども彼らにとって最大のヒットとなりました。それにしても、バンドリーダーのリック・オケイセック、不自然なほどに顔が長いですよね。モディリアーニの描く人物か、はたまたアメリカの鮎川誠といったところでしょうか」



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もしや、お客さまは、法科大学院関係者の方ですか?

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、一見して学者風の男が、マスターに話しかける。
 「マスターには、弁護士の知りあいがいますか?」
マスター 「個人的な知りあいというわけではありませんが、当店の常連のお客さまには弁護士の方が何人かいらっしゃいます」
 「おや、そうなんですか?」
マスター 「意外そうですね。あまり流行っていそうもない店なのに、弁護士の客が何人もいるとは、ですか?」
 「あ、いや、そういうわけでは‥」
マスター 「弁護士業界で当店が評判になっているとか、誰かの紹介で足を運んだということでもないようなので、たまたまなのでしょうね。あと、最近は司法制度改革で弁護士が急激に増えたそうなので、そのことも関係しているのかもしれません」
 「私は、まだまだ日本の弁護士数は足りないと考えていますがね」
マスター 「どのような理由で、そうお考えになるのですか」
 「それは、例えば人口当たりの弁護士数をアメリカと比べると一目瞭然でしょう」
マスター 「アメリカは世界的にみても特異といえる訴訟社会なので、比較対象としては不適切なように思われますが。しかも、最近はアメリカでも弁護士過剰が社会問題化しているとか」
 「し、しかし、フランスと比べても、日本の人口当たりの弁護士数は少ないですよ」
マスター 「日本には司法書士、行政書士、弁理士、税理士等の隣接士業が数多くあって、それらを含めてカウントするとフランスを大きく上回るという話を聞いたこともあります」
 「と、とにかく足りないんですよ。司法過疎だって解消していないし」
マスター 「司法過疎という言葉は時おり耳にしますが、それは国民が現実に看過できない不利益を蒙っている等の実態的データに基づいた議論なのですか?」
 「も、もちろん、裁判所の管内人口とか管内の弁護士数とか、ちゃんとした客観的基準はありますよ。ええ、ええ、もちろんですよ」
マスター 「どうやら、客観的というよりも機械的な基準のようですね。スティクスの『Mr.Roboto』をおかけしましょう。彼らの代表的なヒット曲で、「ドモ・アリガトー・ミスター・ロボット」「マータ・アウヒマデ」等の怪しげな日本語の歌詞が印象的です。歌詞の一部を日本語にしたのは、ロボットがメイド・イン・ジャパンという設定になっているためでしょう。この曲がつくられた80年代初頭の日本経済の勢いが偲ばれますね。もしも今、この曲がつくられたとしたら、さしずめ「ドモ・アリガトー」は「シエシエ」、「マータ・アウヒマデ」は「ザイチェン」とでもなっていたのでしょうか?」



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天文学的な額の借金を残したまま天に召されたとか。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、例によって無精ひげの男が、マスターに話しかける。
 「お水、おかわりちょうだい」
マスター 「どうぞ。今日はこれで三杯目です」
 「え、何杯おかわりしたか数えてたの?」
マスター 「意識して数えているわけではないのですが。少し店内が暑いですか?」
 「多少ね。でも全然気にならないよ、団扇もあるし。水も何杯飲んでもタダだし」
マスター 「・・ありがとうございます」
 「そうそう、今、画期的なヘアケア商品の企画書を書いているんだけど、もう絶対に当たるからさ。その暁には毎日ブルマン5杯おかわりするから期待して待っててよ」
マスター 「ああ、例の件ですか。たしかリンスインシャンプー・・」
 「シャンプーインリンスね。リンスインシャンプーじゃなくて」
マスター 「シャンプーとリンスが一体になった商品ですよね?」
 「そうそう」
マスター 「それは、一般的にリンスインシャンプーと呼ばれているのではありませんか? 私は使ったことがありませんが」
 「リンスインシャンプーというのは、シャンプーの中にリンスが入っているやつ。こっちのはシャンプーインリンスで、名前のとおりリンスの中にシャンプーが入っているわけだから、もう全然違う。一緒にしないでほしいな」
マスター 「しかし実際に使用するうえで違いがあるのですか」
 「よくぞ聞いてくれました。リンスインシャンプーは、髪を洗うとトリートメント効果があるという商品だよね」
マスター 「そうですね」
 「それに対してシャンプーインリンスは、トリートメントをするだけで髪を洗ったのと同じ効果があるという画期的な商品なんだな、これが」
マスター 「どこが違うのか、よくわからないのですが」
 「だから、シャンプーインリンスを使えば髪を洗う必要がないんだよ。リンスなんだから。髪を洗わずに洗髪とトリートメントの両方の効果が得られる。洗髪よ、さらば。人類は洗髪の煩雑さから永遠に開放されるわけだよ。これを画期的と言わずして何を画期的と言うの?」
マスター 「出口のない迷宮に迷い込みそうなので、これ以上はお聞きしないことにします。ただ、少なくともシャンプーとリンスという異質のものを組み合わせることで新たな魅力ある商品を開発しようという熱意だけは理解できました。アルバム『Pavarotti & friends2』から『‘O Sole Mio』をおかけしましょう。音楽の世界でも異質なキャラクターを組み合わせることで新たな魅力を引き出そうとする試みが盛んですが、一連のパヴァロッティ&フレンズものは、そうした企画の典型といえるでしょう。御大パヴァロッティはともかく、共演のブライアン・アダムスが苦しげに絞り出すようにしてオ・ソレ・ミオを歌うさまには賛否両論有りうると思いますが・・。ただ、今や世界的な人気歌手となったアンドレア・ボッチェッリの存在を広く世に知らしめたという意味で、意義のあるアルバムとはいえるでしょう」
 「たしかパヴァロッティって、晩年にやたらと色んなミュージシャンと共演してたんだよね」
マスター 「そうですね、フランク・シナトラ、エリック・クラプトン、スティング等、ジャンルを超えた多くのミュージシャンたちと共演しています。中でも私が一番衝撃を受けたのがジェイムス・ブラウンと共演した『It’s a Man’s World』。YouTubeで視聴することができますが、規格外れの超大物の邂逅は、さながら無差別級異種格闘技の様相を呈しています。ステージはルール無用のジャングル。企画を立てた人物は冗談半分だったのかもしれません。パヴァロッティとしては借金を少しでも返済するため何も考えず企画に乗っかっただけのような気もします。しかし、どのような経緯で実現したにせよ、歴史的コラボレーションであることには間違いないでしょう」



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ボールの上で豪快にえびぞっているようにも見えますね。

喫茶店内。ほどよい音量で快適なジャズが流れている。カウンター席に座ってコーヒーを飲んでいた、例によってカジュアルな服装の中年男が、マスターに話しかける。
 「最近、何か、面白い話ない?」
マスター 「面白い話ですか? そういえば、このあいだ、にわか雨が振ったときに、雨あがりの東の空に虹が出ていたのですが」
 「虹? それのどこが面白いの? 見た時間がちょうど2時だったとかいうギャグ?」
マスター 「いえ、時間は夕方の5時頃だったと思います。クッキリとした明るい虹を覆うようにして、それよりも大きな薄い色の虹がかかっていまして」
 「あ、さては、虹がニジュウだったとか、そういうギャグ?」
マスター 「思いつきませんでした。そのとき、虹のちょうど真ん中のあたりに、真ん丸い月が、ぽっかりと浮かんでいたんですよ。まるで」
 「まるで、穴のあいた分度器みたいな感じ?」
マスター 「なるほど、そういう見方もできますね。私はフェルマータを思い出しました」
 「フェルマータって、楽譜の演奏記号の、あれ?」
マスター 「それです」
 「どういう意味だっけ」
マスター 「一般的に、音符や休符に付けられた場合は延長する意味に、複縦線に付いたときは曲の終わりを示す記号だったと思います」
 「延長したり終わりになったり、はっきりしない記号だなぁ」
マスター 「フェルマータ(fermata)というのは英語のstop と同じような意味のイタリア語で、当初は終わりを意味する記号だったようです。もっとも用語の本家イタリアでは、フェルマータではなくクローナ(crona)と呼ばれているそうですが」
 「クローナって、どういう意味?」
マスター 「王冠とか冠状のものとか、英語のcrown と同じような意味のことばです」
 「あの形を王冠に見立てたわけか。あんまり似ていないと思うけど」
マスター 「たしかに王冠に比べれば穴あき分度器のほうが似ているかもしれませんね。アート・ペッパーの『Over The Rainbow』をおかけしましょう。ピアニスト兼アレンジャーのマーティー・ペイチ名義のアルバムに収録された演奏ですが、このアルバムの実質的なリーダーはペッパーといっていいと思います。なにしろ、ジャケットの真ん中の絵もペッパーですから。レコード会社も最初からそのつもりだったのでしょう。聴きなれたはずのポピュラーソングが、ペッパー独特の陰翳を帯びたアルト・サックスのマジックにかかると、とたんに全く別の曲に生まれ変わる。これぞ、ジャズの醍醐味ですね。白状しますが、虹の真ん中に浮かぶ月を見たとき真っ先に思い浮かんだのは、ルドンの描いたキュクロプスの絵だったのですが・・なんとなく怖いので黙っていました。その気持ち、わかっていただけますか?」



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